2013年10月12日

これからもそういられたら

9才で転校してから一緒になり小学校3年から今日まで30年間。

ずっと一緒にいる幼馴染が4人おります。

育った家もごく近く。

その関係はもう理屈じゃありません。

ある意味では友人の枠を超えてる。

そんな4人との関係を「特殊だ」評されたことがあります。


幼馴染との関係性は、

自分のなかではあって然るべきものであり、

皆にいるものだと思って生きてきましたが、

ある友人から「その関係はどこにでもあるものではない」と言われ、

それを根拠に「特殊だ」と。


そうなのだろうかと不思議に思った感覚もありましたが、

確かに言われてみれば成長と共に友人関係が変化し、

それと共に疎遠になったりすることもある。

だからして5人の関係性が変わらないのは珍しいのかもしれない。


けれどもわたし達とて距離感が変わった時期も。

成長過程でそこそこで新しい友人が出来る。

そちらと過ごす時間も増えたりして行き来が減少したりも。

でも結局は変わらずに。


細かくは書きませんが、

それぞれと激しくケンカしたことも。


その原因となった事情は様々ですが、

わたしが主たる原因となったのは最も多い。


お互いライバルでもあるので、

何かにつけて張り合いそれをバネにしてきた。


けれども今思えばですが、

わたしの尖り方が度を越していた時期が。


「お前らには分かるまい」

なんてことを平気で口にすることも。

それぞれがやるべき事をやってしっかり生きているのにも関わらず。


ヤツらとてそれで黙っているような人間ではないので、

「言葉の鉄球」が飛び交うことに。

けれどもそれでも一緒だった。


わたしの父とも皆して酒を飲んだこと数知れず。

忘れられないのが10年ほど前の大晦日。

母は入院、姉は遠方、わたしは仕事。

父は独り実家で一年最後の日を過ごすことに。


「気掛かりだけどどうしようもない」

幼馴染の一人にそんな気持ちを。


年を越して実家へ戻ると父は言う。

「大晦日の夜に幼馴染のYが彼女を連れてやってきて2時間ぐらい酒飲んだぞ」


人は一人じゃ生きられない。

友人との関係性はそれを指す象徴的なもの。

大人になればその関係性が家族ぐるみのものへと変化する。

それを黙って体現した大きな大きな気持ちが伝わる出来事でした。


ベタベタした関係ではなく、

けれども大きな愛情に基づいて。

これからもそういられたら、、、


父のことが一段落して5人で酒を酌み交わし、

改めてそう感じました。




childhood friend.jpg




posted by tetsu at 23:01| Comment(0) | 思うこと
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